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candylogue

November 2008January 2009

December 2008

大晦日

ということで2008年も終わろうとしています。いろいろと思い考えることが多く、それらは大晦日だから清算、というわけではなく、引き続き2009年も思い考えていきたいと思います。

今年は落語を初めて観る(聴く?)機会があり、とても感銘を受けました。来年の趣味活動に落語が食い込んでくることは間違いないと思うのですが、しかし時間は有限なので、何かをやりくりしないといけないなあ、とぼんやり思っています。まだとくに手立ては考えていません。

まあしかし、人間、趣味だけで生きていくのは複数の意味で困難だと思うのですが、同時に、それなくして生きていくこともまた味気ないと思います。なので、やりくり上手で進めていこうと思います。

今年一年、ありがとうございました。良いお年を。

2008年の観劇趣味を振り返る

今年最後の観劇は二本立て。昼はスズナリで冨士山アネットを観る。冨士山アネット初見。主宰の長谷川氏曰く、「演劇とダンスのスキマ産業」ってことで、演劇のように台本はあるのだけど、演技としての台詞はほぼなくて、それらを身体表現に変換しての1時間。出演者はダンサーよりは役者が多いとのことだけど、テンポも含めてとても面白かった。また観てみたいな。夜にはアゴラ劇場で東京デスロックの「その人を知らず」。デスロックは前回公演の問題作「CASTAYA」しか観ていないので、実質的には初見。もうずっと観たくて、ようやく観る機会を作れた、と思ったら、今回で東京公演はしばらくお休みということで、タイミングが悪いというか、ギリギリセーフというか。三好十郎の戯曲を改編なしでそのまま上演ということで、「ふふ」とか「はは」とかの台詞がそのまま、おそらく一文字一句変えずに使われていて、面白い。休憩ありの3時間公演に長台詞多用で、ちょっと気張ってしまうところもあるのだけど、主人公がただ自分に誠実で忠実にいることがまわりを巻き込み、自分をも巻き込んでいく、その風景を眺めている時間は、厳かで抽象的で、なぜか年末に相応しいと思った。

冨士山アネット「不憫」 (ザ・スズナリ)
作・演出:長谷川寧
出演・振付:山本伸一、石川正義、大石丈太郎、石本華江、石山優太、上ノ空はなび、大西玲子、草光純太、玉置玲央、深井順子、長谷川寧

東京デスロック「その人を知らず」 (こまばアゴラ劇場)
作:三好十郎
演出:多田淳之介
出演:夏目慎也、佐山和泉、猪股俊明、山村崇子、佐藤誠、桜町元、村上聡一、坂本絢、征矢かおる、山田裕子、笠井里美、折原アキラ

2008年は、本当にたくさんの芝居を観た。今後も含めて人生でいちばん芝居を観た年になるのではないかと思う。これだけ観ると、もっと観たい、という気持ちよりも、もういいかな、という気持ちが出てくる。決して飽きた訳ではなくて、観たい芝居は引き続きたくさんあるのだけれど、セーブしなきゃ、という気持ちと、ある程度、把握できたかなあという思いがある。これより深入りするには、覚悟が必要だという怖さも含めて。来年、一歩下がるのか、一歩踏み出すのか、どうなるのかが自分でもとても楽しみ。

今年一年芝居を観て、小劇場の方が自分に合っているというのはわかってきて、いわゆる商業演劇系、あるいは、大手プロデュース公演系はあまり観ないようにしてきたのだけれど(高いし)、その中ではこのあいだ観たKERA MAPの「あれから」がとても良かった。小劇場系だと、五反田団「偉大なる生活の冒険」、ハイバイ「オムニ出す」、クロムモリブデン「血が出て幸せ」、劇団宝船「愛される覚えはない」が鉄板。どれももう一度観たい。人で言うと、岩井秀人、前田司郎、高木珠里、内田慈あたりが群を抜いてお気に入り。あと、イデビアン・クルーの「排気口」、クリウィムバアニーの「贅沢ラム」のダンス2本が印象的だった。破壊力としては「投げられやす〜い石」が挙げられる。あの辺からは岩井秀人の虜。好きな劇団の中ではいちばん大手のナイロン100℃は、昨年の「わが闇」の印象がまだ強く、来年に期待ということで。春の本多劇場にもきっと行きます。来年、観る本数が減るとして、ハイバイと五反田団は外したくないのと、まだちゃんと観ていなくて、一度は観ないと気が済まない劇団として、サンプル、イキウメ(試演会は観たけど)、柿喰う客があるので、1回ずつは必ず観に行きたい。それにしても、今年は面白い芝居がたくさん観られて良い年だったなあ。よかったよかった。

今年観た芝居たち(芝居じゃないのもある)

2008年の読書趣味を振り返る

今年はここ数年では割合と本を読んだと思う。なお、下のリストからは仕事向けの本は除いている。除いているのだけれど、実際、あまり仕事向けの本で参考になったと思うことはない。そもそも読んでいて面白くない。まあ、オモシロが目的ではないので仕方がないのだけど、どうもそういう実用的な本は心ときめかないというか、ぐっと来ないのだ。何であれぐっと来ないと頭に入らない。これまで仕事やその他何でも良いのだけれど、本を読んで実用になった!と思うことの大半は、実用書からはほど遠い、小説やエッセイや漫画や、あるいは本ではないけれど、ブログとかその手のものだ。ハウツー本やら啓発本より、本のテーマはどうでもよくて、そこに表出する考え方だったり、論理、あるいはセンスみたいなものに心がときめいて、ぐっと来る。で、そういったものが、ふと、「あ、これ使えるじゃん」という感じで実利となることがとても多い(但し、当然のように打率は恐ろしく低い)。「これが答えです」みたいなものより、何かに付随するエッセンスの方が信用できるというか。まあ僕が捻くれているだけ、とも言える。僕はどうも考えがちな性格のようだけど、きっと他人からの答えよりは、自分で納得のいく答えを求める傾向が強いのだろう。言い換えれば自分勝手だ。これからも自分勝手にいろいろと咀嚼して、役に立たないかも知れないエッセンスを集めていきたいと思う。

僕は村上春樹のことを昔はとくに理由もなく嫌っていて、ずっと敬遠していた。現在において村上春樹のことは語り尽くされていると思うし、その中でいまさらとくに際立ったことは言えないのだけれど、精緻な彫刻のように削り出される言葉とどうしようもなくいい加減な話によって組み立てられる言葉の集合体に、薄暗く力強い意思が感じられて、静かに心が揺さぶられる思いがする。あえて一冊を挙げるとすれば、処女作の「風の歌を聴け」。理由は説明すると長くなるので割愛する。そのほか、今年読んだ中でとくに印象的だったのは、「美女と竹林」「赤めだか」「工学部・水柿助教授の解脱」あたり。でも、いちばん良かったのはこれらではなくて、「森博嗣の道具箱」。本、とくに娯楽本の類なんて、大抵の人は読まないみたいだから、薦めてもあまり意味はないと思うのだけど、あえて薦めるならこの本だと思う。読んでみて、「詰まらなかったよ」と言われたとしても、まあこれでそう言われるなら仕方ないよな、と思えるから。来年もぼちぼちと読んでいきます。

今年読んだ本たち(抜粋)

2008年の音楽趣味を振り返る

最近めっきりとCDを買うことが減り、ここ数年の半分くらいかしら。ちゃんと数えていないので適当です。適当というのは本来は「適切」に近い、ポジティブな意味合いがあると思うのだけど、この場合はネガティブな意味合いでの適当。適当に回答する。という場合、プラスにもマイナスにも取れるので、いい加減に答える場合に適していますと適当に書いてみたり。いい加減と書くとマイナスだけれど、良い加減と書くとプラスでもある。言葉は変わりゆくもので、それは当然のことだと思うので、とくに嘆いたりはしない。言葉を使う目的がコミュニケーションであるのならば、本来の意味なんて関係なく、相手と自分の間での相互理解言語で語る必要があり、その前提無くして、そしてその努力無くしてコミュニケーションは成立しない。日本語とか英語とかではなくて、もっとミニマルな単位での言語である。マスコミュニケーションについてはどうか知らないけれど、個人的には1対多であっても1対1の集合であって、それぞれのコミュニケーションが成立したりしなかったり、というのが面白いと思う。あと、コミュニケーションとは別の観点において、言葉の本来の意味を知ることには価値があると思うし、日本語の深さと美しさと使い勝手の良さにはとても興味がある。このように少しずつ論点がずれていきどうでもよくなる感じが適当に心地よい。キリンジは冨田恵一のトリートメントにより素材の良さが増幅されていたのだなあと思う。つまりは、2008年はあまり音楽に触れ合わなかったんだよね、という話。

今年買った音楽たち(抜粋)

引き続く掃除

引き続いて、何となく取っておいた空き箱群をバサッと捨てて、押し入れに眠っていたもうきっと使わないであろうIDEハードディスクのデータを破壊して廃棄準備。ついでに400GBのSATAの7回消去を試みたら、まったく持って終わらないので、久々に少しHTMLとCSSを書いてから寝る。

年の瀬の週末

大掃除を兼ねて、台所まわりをごしごしと磨き、溜め込んださまざまないつか使うかも知れないモノたちを断腸の思いで、ではなく即断してどさっと捨てる。もうかなり捨てる。かなり身軽になった。ついでに持ちすぎているカードを5枚ほど解約する。覚悟を決めて次々にオペレータと話をしてぐったり。電話は苦手なので消耗するのだ。

というようなことと前後して、三軒茶屋まで歩いて芝居を観に行く。そういえば芝居は久々で3週間振り。来年は落語と芝居にどう折り合いをつけるかが当面の大きな課題である。で、「あれから」。前評判が良いようで、でも、そういうのはあまり僕にとっては参考にならないので、心して望んだら、ふつうに良かった。これは褒め言葉。真っ当に良い。ケラリーノ・サンドロヴィッチらしい、ギャグとエロとシリアスがどれもどぎつくない程度に過剰に詰まっていて、とても後味が良くて、年末に観る芝居としてとてもサービスのある仕上がりになっていると思う。当日券もあるようなので(たぶん)、時間の合う方は観に行ってはいかがでしょうか。来週末まで世田谷は三軒茶屋にて。

KERA MAP #005「あれから」 (世田谷パブリックシアター)
作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演:余貴美子、高橋ひとみ、萩原聖人、岩佐真悠子、柄本佑、金子勇太、赤堀雅秋、村上大樹、三上真史、植木夏十、山西惇、渡辺いっけい、高橋克美/猪岐英人、野部友視、菊地明香、水野顕子、斉木茉奈、伊与顕二、白石遥、田村健太郎、田仲祐希

楽しみな不可解

館林の余韻が消え去らぬうちに有楽町にて談春独演会。「赤めだか」効果なのか、とにかく盛況。独演会は毎月開催されているのだけど、いまは発売即完売で、とにかく入手が難しい。みんなミーハーですね。僕もミーハー。

肝心の中身なのだけど、面白い。今はまだ面白いとしか書きようがない。話、振る舞い、空気、間がとにかくすごいと思うし、生であることの切迫感と、あまりある安定感が相まってとても心地よく面白い。正直、談志の場合はその芸に触れることができる時間はもうそれほど長くは残されていないと思う。それに比べて、談春はまだまだこれからの長い時間、脂の乗った芸に触れることができる。今この瞬間に立ち会えたことが素直にうれしい。ただ、同じ舞台芸術としての演劇や、あるいは、映画、音楽、文学などの面白さとは違う「何か」がまだよくわからない。伝統や技術、または、古典としての時間的な重みあたりが答えなのかも知れないけれど、ひとつ言えることは、解釈できない何かがとても面白いということ。解釈するには時間が掛かると思うし、解釈できるまで深入りするかどうかもわからないけれど、この不可解さをまだしばらくは楽しみたいと思う。

あと、月亭可朝が自虐暴走していてこちらもすごかった。

「立川談春独演会」 (よみうりホール)
出演:立川談春(「大工調べ」「文七元結」)、月亭可朝(「世帯念仏」)

館林へ

館林にて落語。どう考えても昨日の新潟より寒い、どっしりとした底冷えのなか会場までの1kmを歩き入館。壁に貼られた演目表の「談志」の文字が重い。予定より30分早く開場となり、がっついて2列目の席を確保。で、二つ目の志の吉から始まり、談四楼、談慶、そして談志と、初めての落語がこの顔ぶれって良くも悪くも間違っていないか? と思いつつも、とても満足。落語の面白さがわかった。なんて軽々しいことは決して書けないけれど、掛け値なしで面白かった。また観たいと思うほど。日曜の夕方に群馬まで来た甲斐があったよ、紛れもなく。

帰りの駅までの道、一緒に行ったT口さんとも話したのだけど、昨今の落語ブーム(とはいえ、最近のブームは前世紀のブームと違ってひっそりと起こるプチブームであり、有り体に言えば多様化した価値観と大衆化した情報社会に起因する健全なものであると思うし、円熟であり、デカダンであり、平和であり、豊かさであると思う)に乗ってまんまと観に行った僕は、明らかに落語そのものよりも、あらゆる情報が先行していて、その情報との合致を確認して喜んでいたところがあると思う(例の「落語は人間の業の肯定である」の話が聞けたり、ホントに談志が来るかどうかでひやひやさせられたりとかね)。つまりはミーハーである。でもそれでいいと思う、と自己弁護する。何であれ、面白いことを見つけて、そこから少しずつ本質に近づいていければいい。近づけなかったときは・・・・・・まあ、それはそれでいいや。

しまや寄席「立川流特選会」 (館林市三の丸芸術ホール)
出演:立川談志(「へっつい幽霊」)、立川談四楼(「濱野矩随」)、立川談慶(「片棒」)、立川志の吉(「看板のピン」)

帰郷と帰京

今年1月に他界した大叔母の納骨のため、長岡へ。子どもの頃は毎年のように夏休みには遊びに行っていたのだけど、東京生まれの僕にとっては必然的な帰省という訳ではなく、大きくなるにつれて足を運ぶこともなくなってしまった。でも、それでも僕にとっての「田舎」といえば新潟の長岡となる。20年ぶりくらいに来た長岡は(正確にはその間に何度か通りかかっているけれど)、懐かしいというか、やあやあ戻ってきたなあ、という感じでまったく違和感がなかった。落ち着く、とかそういう感じとも違う。本当は祖母と一緒に一泊して来るつもりだったのだけど、都合により日帰りになり、滞在時間3時間のとんぼ返り。車で大きな信濃川を渡って、七日市の菩提寺で久々に会う住職さんと話をして、お経を上げてもらい、墓に骨を納めて、そのまま帰京。慌ただしかったけれど、行って良かったなあと、そして、東京が僕のホームタウンなんだなあと思った。この先どこに住むことになっても、それは変わらないというか、誇りを持っていきたい。長岡と東京にね。

気分総括フラッシュ

  • 「うれしいプリン480」は飽きる。ただそれに尽きる。
  • キリンジベスト盤収録のただ1曲だけの新曲「星座を睫毛に引っかけて」について悩む。
  • アマゾンカードの解約をせねばなるまいと思う今日この頃。
  • そろそろ溜まりに溜まったコンパクトディスクを整理してもいい頃合いかしらと思う年の瀬。
  • 来年の今頃はまったく別の生活をしているんじゃないかな。そういう閃きがあったとかなかったとか。
  • 今年もご愛顧ありがとうございました。と書いたけれどもまだ3週間もあるので得した気分だ。

師走の鑑賞はじめ

オーチャードホールで菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール。今年3回目で新鮮味はなかったけれど、コンサートホールで観るのは、背筋が伸びるというか儀式的な雰囲気が好ましい。まどろみながら聴く。「ソニア・ブラガ事件」「大天使のように」「映画『8 1/2』~それから・・・・(ワルツ)より」がとくに素晴らしかった。

菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール「菊地成孔コンサート2008」 (オーチャードホール)