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candylogue

September 2009November 2009

October 2009

10月最後の日

昼前に家を出て、ディーラーに大事なクルマを預けて、マイケル・ジャクソンの最後のアクト「THIS IS IT」を観る。ものすごく格好いい。僕は別にマイケルの特別なファンというわけじゃないけど、こんなひとなかなかいないよ。偉大な存在だと思う。3Dスリラーとか本番でちゃんと観たかった。映画でとくに印象に残っているのは、モニターのイヤーレシーバーにマイケルが慣れず、スタッフと調整しているときに、「僕はずっと自分の耳で音を聞くように教えられてきたんだ」と言ったこと。そして「慣れるようにがんばるよ」と続けたこと。そのあとで辻堂に行き、タイの話をして、ごはんをご馳走になって、日本シリーズをテレビ観戦して、柿やクッキーやケーキなんかをいただいて、メールの設定をして帰る。

最近読んだ本。
23篇の短篇が収録された「カンガルー日和」。個人的時系列では久しぶりのエッセイではない村上春樹小説で、どの本に収められているのかなーと思っていた「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」や「図書館奇譚」を収録。佐々木マキさんの挿絵もよいです。
名古屋、熱海、ホノルルなどにおけるB級スポットを捻くれながらも素直な視点でめぐる「地球のはぐれ方」。あとがきで触れられている「幸せの敷居」の話がとても好き。ずっとそう考えているし、その通りだと思うし、これからも実践していきたいと思う。収録されているエピソードの中ではサハリンの話がいちばんのお気に入り。とても潔くて厳然としていて深みのある、滋味のある話です。
「ラッシュライフ」。伊坂幸太郎初読。多重構造ミステリ。面白い。フレームデザインに興味が沸いたので一作目から読んでみようっと。

五反田団の傑作

東京芸術劇場に行く前に銀座のアップルストアに寄ってTime Capsuleを買う。そのまま有楽町線で池袋に向かって五反田団を観劇。同時公演の「生きてるものはいないのか」とウラオモテみたいな作品で、「生きているもの〜」は以前観たので今回はスキップ、新作の「生きてるものか」を観る。久しぶりに観た五反田団はとても面白かった。今年イチかもしれない。ふだんよりメジャーな劇場だしフェスティバル/トーキョー参加作品でもあるので、五反田団が受け入れられるかなあ、と他人事ながら気にしていたのだけど、まったくの杞憂でしっかり受け入れられていた。いつもの脱力した笑いもちゃんとあって楽しい。ラストもいい。もう一度観たい。ハイバイといいご贔屓な劇団が有名になっていくのはとてもうれしいことだ。チケット取れないくらいになったら困るけど。

五反田団「生きてるものか」 (東京芸術劇場)
作・演出:前田司郎
出演: 飯田一期、石澤彩美、久保亜津子、佐藤誠、島田桃依、菅原直樹、瀬尾遠子、飛谷映里、野津あおい、枡野浩一、前田司郎

朝焼けサンセットとヘアカットさん

前回のウワサを聞いてどうしても観てみたかった岡崎藝術座の朝公演を観に朝から駒場に出掛ける。ものすごく眠い。アゴラに9時って会社より早い。で、始まると冒頭から不穏な雰囲気で、普通にはいかない感じが観客席にも伝わってきて、「来たな」というか「やっぱり」というか、まあそうだよね、という空気が充満してざわざわする。この辺は経緯を知っているひとはにやにやと楽しめるからいいとして、そうではないひとはどういう気持ちなんだろうか。その後のことはまだ公演中なので書かない。個人的にはこういうのはとても好きなので不満はない。24日も朝公演があるので興味のあるひとはどうぞ。ところで朝公演は朝ごはん付きなのだけど、朝からあれはヘビーでした。で、本編も観るので、14時にまたアゴラに向かってヘアカットさんを観る。ある意味これが岡崎初見。へー岡崎ってこうなんだ、という新鮮な思いで観る。古いものに価値があるように、それを乗り越えていく新しいものにも価値がある。価値がないものもある。なにが優れているかということはおいておいて、その価値らしきものに触れる、あるいは、価値かも知れないと思うこと自体に、その瞬間において価値があるのだと思う。ダンスや音楽というジャンルでは括れない、体と声を空間的に使った舞台は挑戦的でとても興味がわいた。と同時に脚本はそれほど目新しくはないように思えて少し退屈だったかも知れない。ただ、体調的に眠すぎた、というのもあると思うので、また次回も観たいと思う。

岡崎藝術座「朝焼けサンセット」 (こまばアゴラ劇場)
作・演出:神里雄大
出演:内田慈、武谷公雄、折原アキラ、酒井和哉、坊薗初菜、兵藤公美

岡崎藝術座「ヘアカットさん」 (こまばアゴラ劇場)
作・演出:神里雄大
出演:内田慈、武谷公雄、折原アキラ、酒井和哉、坊薗初菜

バンコク紀行 (4)

朝起きて、昨日同様チャオプラヤー川沿いのテラスで朝食。きのうよりは少し軽めに、サラダとカリカリに焼いたベーコン、ハムとチーズのオムレツ、ザーサイ粥、パンとコーヒー、あとヤクルト。うーん、どうしてもビュッフェ形式だと食べ過ぎてしまう。でもおいしいので気にしない。きょうは平日だからかきのうより空いていて、いくぶんとのんびりしている。川の流れも穏やかだ(これはきのうと変わらないはずだけど)。ところできょうは連れがスパの予約を入れているので、午前中は別行動になる(これが目当てでオリエンタルホテルにしたという疑惑もある。あとで話を聞いたり写真を見たりしたら落ち着いたとてもリラックスできそうな場所だった)。当初はホテルでお茶でも飲みながらゆっくり本でも読んでいようかと思ったのだけど、きのう通りかかった国鉄の駅が見てみたくなったので、街に出ようと思う。

10時前にホテルを出て、ニューロード地区を南北に走るチャルン・クルン通りを北に折れ、しばらく歩く。道沿いには歩道部分を覆うアーケードが続き、貴金属などのどちらかというと草臥れた感じの土産物屋がならんでいる。ガラス戸が閉じている店が多いので、なんとなく入るのに気兼ねしてしまう感じだ。歩道はあいかわらずがたがたで歩く際に注意がいる。晴れているのに歩道に水たまりが所々にできているので、はてと思って見渡すと、アーケード部分の雨樋が道路下まで繋がっておらず、樋が車道側まで伸びたところで空中で断ち切られていて、そこからぽたんぽたんとしたたり落ちる仕組みになっていた。どの雨樋もそうなっているので、バンコクではこの形式が一般的なのかもしれない。なるほど合理的ではある。なんであれ歩道ががたがたしていなければ別に構わない。少し行くと、左手に大きな郵便局が見えてきたので寄ってみることにする。中央郵便局のようす。石造りの古めかしい硬質な感じの建物で、中は天井が高くガランとしている。局員も客もそれなりにいるのだけど、静かで冷たく気怠い感じがする。嫌いな雰囲気ではない。面白い切手がないか見てみたけれど、とくに興味を惹くものがなかったのでなにも買わずに外に出て、さらに北を目指す。

[photo] チャルン・クルン通りの看板

しばらくすると三叉路にぶつかったので右の道を進む。パドゥン・クルン・カーヤム運河が道に沿って流れている。運河というより都市河川で、少なくとも清流ではない。このあたりになると観光客が来るエリアではないのか土産物屋は姿を消して、代わりに水回りの設備を販売する店が多く建ち並ぶようになる。便器とか。そういう街なのだろう。合羽橋みたいな。ちょうど路線バスが道端の停留所に着いて、たくさんのひとが下車してきたのだけど、きっとこの辺に住んでいるか、あるいはこの街に用事があるかのどちらかだろう。便器を1つください、とか言って。ここは自分がふだんいる場所ではない、ということが強く感じられて旅に出ている実感が沸いてくる。なかなか楽しい。そんな頃合いで中央駅が見えてきた。

[photo] たぶん日本からの中古バス

バンコクの中央駅は日本にはあまりない終端型の長距離ターミナル。世界的に見ると都市における鉄道網は遠近分離しているのが一般的で、ヨーロッパなどでも都市交通は地下鉄やトラム、郊外へは専用のターミナルからと役割が別れている。それに対して東京の場合、上野駅や東京駅、新宿駅あたりが長距離ターミナルなんだけど、山手線などの近距離通勤路線、地下鉄、私鉄が入り乱れて結びついているので明確な役割分担にはなっていない。どちらが便利かというと東京の方が便利なんだけど、隣の芝は青いというか、遠近分離ターミナルというものに憧れがあるので見に来た次第。ちなみに上野駅の末端型ホームから北陸だとか東北方面への寝台列車に駅弁を買って乗り込む際の高揚感と同種といったらわかっていただけるだろうか。なにか起きそうなわくわく感と少し切ない気分が綯い交ぜになったちょっと甘い感覚。

[photo] フアラムポーン駅

正式な駅名はフアラムポーン駅と言う。思った通りのドーム型の古めかしい、けれどとても重厚な駅舎で、思った以上に多くのひとたちが(おそらくは)列車の出発を待っていた。自動券売機のようなものはなく、有人の券売窓口がならび、切符を求めてひとびとが行列をつくっている。掲示は多くがタイ語のみで、まるでわからなかった。観光客が切符を買うのは大変そうだ。切符が無くてもプラットホームまで入れるので、中に入って出発を待つ列車たちを見て歩く。ホームの隅では出発を待つ間の時間を使って、散髪屋が開店していた。わりに繁盛している。タイ国鉄は電化されていないようで、列車はすべてディーゼル動力で動いている。大半は客車を機関車が牽引するタイプ。客車はどれも年季が入っていて日本ではまずお目にかかれない旧式のもの。ドーム形式の終端型ターミナル、ディーゼル機関車、草臥れた客車という重厚長大で長閑な組み合わせがとてもいい。でも毎日の利用者からしてみたら新しくて機能的な設備のほうがいいんだろうな。古いものが消えていくのには理由がある。納得できるかどうかは視点の問題だと思う。

さて、ここから先はとくに予定を決めていない。選択肢としては、元来た道を戻る。あるいは地下鉄でシーロムまで行きBTSに乗り換えてホテルに戻る。などが考えられるがまだ11時で時間がある。近くのチャイナタウンに行くという手もあるけれど、それほどチャイナタウンに興味がない。地図を見ると、駅に沿って道が延びているのでもうしばらく散歩してみることにした。まあ適当に行ってみましょう。

駅を出てしばらくは商店もなく、車道横の歩道をじっと歩く。右手は駅構内でどうやら操車場になっているようで客車などが留置されていたり、よくわからない部品が野積みされていたりしている。駅に勤めているひと向けの駐車場もある。そういうどちらかというと裏側な風景が続く道を行くと鉄道警察の建物にぶつかるので運河を渡り、対岸のクルン・カセム通りをさらに北上する。

[photo] パドゥン・クルン・カーヤム運河

そのうちラーマ1世通りと交差するのでここで右折する。すると道がなにかを跨ぐかのように坂道になっているので、たぶんそうかなあ、と思っていると予想通りこれまで併走していた国鉄線を跨いぐところだった。見渡すと遠くに中央駅が見える。操車場付きなので広い敷地に列車と機関車が広がっていて視界が開けて見晴らしがいい。ここでしか見られない景色が見られ、ここまで歩いてきてよかったと思えたので、この辺がこの散歩の折り返し地点だなと意識する。高速道路をくぐり、いくつも交差点を抜け、ナショナルスタジアムを通り過ぎて、着いたところは初日に来たサイアム地区。はじめて来た街でも日を変えて訪れると見知った街のようになんだか安心する。少し愛着がわいても来る。書店に寄りたかったので、タイ東急、MBKセンター、前にも行ったディスカバリー・センターなどをうろうろしたりしていると時間になったので、BTSに乗って帰ることにする。サパーン・タクシン駅までしばらく電車に揺られる。車内では現地駐在員の奥様らしきふたり連れがローカルな会話をしながら途中で下車していく。ちょっと疲れたかな、という頃合いで電車を降りて、チャルン・クルン通りをホテルまで戻る。ニューロード、サイアム、スリウォン地区をかなりざっくりとだけど一周してきた感じ。歩き通しだったけれど、面白かった。

ホテルロビーで頃合いよく合流できたので、いったん部屋に戻って態勢を整えてからふたたび出掛ける。さすがに疲れたので今度はタクシー(オレンジ)で移動。10分くらいのところにあるブルー・エレファントを訪ねる。ここはベルギー発のタイ料理店で、ヨーロッパ風のタイ料理というのに興味があって来てみた。お店は洋館の一軒家でタイ料理店のようには見えない。内装も洒落ている。そしてこういう洒落ている感じなどを含めて、グルメサイトなんかだと賛否両論のようなのだけど、こういうのもありじゃないかと思う。同じことをやるよりも違うことをやった方が面白い。それに昨夜は伝統的なタイ料理を食べたので、それとは違ったものを食べてみたい気持ちもある。平日のランチ時だったので、ビジネスランチを注文する。値段は忘れてしまったけれど、たしか590バーツ。タイにしては高いけど、ひと口大の前菜も含めて10品ほどがコンパクトにまとめられて供される。見た目にも美しい。春巻き、トムヤムクン、あるいはグリーンカレーといった品目や、香草を効かせたり、または甘酸っぱく仕上げたりする調理法は確かにタイ料理なのだけど、どこかマイルドにアレンジされていて、少なくとも僕はおいしく食べられた。タイ料理好きなひとはもしかしたら物足りないかもしれない。でも日本にあったらもう一度食べに行きたいな。そんなお店でした。ロゴマークのゾウもかわいい。

[photo] ブルー・エレファントのランチ

時間は15時前。日が暮れるまでに行っておきたいお店があるので、目の前にあるスラサック駅からBTSに乗り込む。

続く。

旅における街歩きについて

国内であれ海外であれ、はじめて訪れる街の場合、できれば目的地ありきではなく、歩くことそのものを目的として、ふらふらと歩くようにしている。点と点を移動しているだけだと、それらの位置関係や、時として街そのものの姿を見誤ったりすることがある。まるで昔観た映画を改めて見直しているような気分になったりもする(それはそれで悪くはないのだけれど)。そうそう、こういうシーンだったよね、みたいに確認して安心するような感じで。はじめて見たはずなのにね。ガイドブックを外れ、とくに見どころのない場所をただ歩く。そうすることで、自分とは切り離された人たちの生活を感じ、自分の非日常を実感することができる。心細くなったりすることもある。居心地の悪さを感じることもある。稀に思いもよらない体験ができて感激することもあるけれど、たいていは退屈なままに時間が過ぎることになる。なにせガイドブックに載らないような場所なんだから。でも、知らない場所に闖入して、どこにでもありそうだけど実はそこにしかない固有の場所で、ただ歩き疲れてみるというのは、ユニークで私的で固有の体験になる。僕にとってはそれが時間とお金を費やして遠くまで来ることの意味であり価値だと思う。もちろんそれだけじゃないけれど。

クルン・カセム通りからラーマ1世通りへ 10:58(UTC+7)

[photo] ラーマ1世通りからフアラムポーン駅を望む

バンコク紀行 (3)

王宮前広場を抜けて、排気ガスをふんだんに浴びながらもガタガタと軽快に揺られながらカオサン通りに到着。天気は持ち直してなんとかなりそう。外国人向けの街なので、いろいろな国の旅行者が通りを好き勝手に行き交い(歩行者天国ではないけどそうみたいなものだ)、旅行者相手の土産物屋や飲食店が並び、露店も多く出ていて活気がある。頭上にはずらりと看板がひしめき合っていてその雑多な感じがとてもよい。いちおう、スタバとかマクドナルドなんかもあって旅行者がベースキャンプとするには確かに便利な場所のようだ(ちなみにドナルドは手をあわせて軽くお辞儀をしていた)。タイという国にそれほど強いイメージは思っていなかったけれど、なんだかとてもタイっぽいなあ、と思った。なにかな、雑多で活気があって、でもとても親切そうなところかな。揚げ春巻きだとかパイナップルを食べたりしながら通りを歩いて、Tシャツ屋でジョークTシャツを買ったりする(昨日、ナイトバザールでも買った)。昨日より言い値が高かったけど、120バーツくらいに値切る。

[photo] カオサン

さて、そろそろ疲れてきたし、汗もかいたのでタクシーでホテルまで戻ることにする。バンコクのタクシーはピンクやオレンジなどのわりあいとビビッドな色合いの単色で塗り分けがされていて、色でタクシー会社がわかるようになっている。黄色と緑のツートンもあるけど、こちらは個人タクシー。持っていたガイドブックによると水色か緑色のタクシー会社がおすすめとあったので、探してみるけどなかなかいない(ピンクが多い)ので、まあいいやと諦めて黄色と緑の個人タクシーをつかまえる。「マンダリン・オリエンタル・ホテル」と伝えるものの、あまり英語が通じている感じがしなかったので、ちょっと心配だなあなんて思って過ぎていく車窓の街並みを眺めながらしばらく行き、国鉄の中央駅に差し掛かったあたりで、やっぱり変だなと思った。ここで南に行くはずなのに東に行くので、あれれーとなっていると案の定、別のマンダリンホテルに連れて行かれる。そこでやっとコミュニケーションがとれてマンダリンオリエンタルへ向けて再出発。もしかしてわざと間違えたふりをしたのかも、という思いが頭をよぎったけれど、これはこれで面白かったしまあいいか、って思ってホテルに到着。しばらくゆっくりと過ごす。ひと休み。

[photo] マンゴー

昨夜は到着早々にニューハーフショーを体験したわけだけど、タイのもうひとつのショー、タイ古典舞踊を今夜は観に行く。折角オリエンタルホテルに宿泊しているので、ホテル直営のシアターレストラン、サラ・リム・ナームでタイ料理をいただきながら鑑賞することにした。ちょっと贅沢。サラ・リム・ナームはチャオプラヤー川の対岸にあるので、渡し船でゆらゆらと向かう。夜のチャオプラヤー川は、両岸にホテルの灯りを従え、キング・タクシン橋を行き交う車とBTSの光で彩りながら、静かにわずかな波音を鳴らしながら流れていく。

実は僕はタイ料理があまり得意ではない。香草系に苦手のものが多いし(つまりパクチー)、「甘酸っぱい」という味付けが好きではないので、ついつい敬遠してしまう。そもそも大半が南国でもない日本において、なぜあれほどまでにタイ料理好きなひとびとが多くいるのかがわからない(とくに女の子に多い)。なぜだ。なんとなくトロピカルやオリエンタルな気分になれるからだけじゃないのか? という疑惑を抱きつつも、それを口にして険悪なムードをわざわざ構築するような無益なことをしても仕方がないので沈黙を守っている。僕も大人だ。がしかし、でもわざわざタイまで来たのだから、もう一度タイ料理にチャンスを与えてもいいんじゃないか。そういう気分もないわけでもない。そのくらいの余裕も人生の中では必要だろう。そういう企みをもって、今夜はタイ料理のフルコースに臨んでみたい。目の前の舞台では古典舞踊。同じく目の前のテーブルではタイ料理と格闘である。

まずは前菜から。

YAAM NUEA POO MAMUANG
スパイスを効かせたカニ肉、レモングラス、ガーリックとシャーロットのグリーンマンゴーサラダ。さっぱりとしていておいしい。あまり癖らしいものはなくさらりといただく。

THOD MUN GOONG
揚げたエビ団子のようなものに甘いプラムソースがかかっている。この甘いソースというのがひとつ目の関門となるが、悪くない。揚げ物の場合、衣の香ばしさで甘みが甘さだけにとどまらず、衣と牽制しあってアクセントになる。おいしいと言っていいだろう。

PLAA PLA-O
ハガツオのサイアム風サラダ。ひと口大に切ったハガツオをピリ辛でグリルしたもので、ふつうにおいしい。あまりタイらしさは感じないが、タイらしさの定義があいまいなので深く考えない。

POH TAK
いわゆるトムヤンクンだと思うのだけど、そういう名前じゃないので少し違うのかもしれない。が、味はトムヤンクンだ。澄んだスープに、エビやイカなどのシーフード。そしてパクチーだ。最強の敵、ついに登場。想像通りに酸っぱくて辛い。当然パクチーは避けるとして、それ以外は得意ではないにしても予想していた味なので驚異ではないし、不味くはない。ただ、苦手なだけだ。具などはおいしくいただいた。

このあたりからメインディッシュ。

PANAENG GAE
骨付きラム肉のカレーソースかけ。タイ料理にラム肉って意外な組み合わせな気がしたけれど、そんなこともないか。臭みがまったくなく、クリーミーなカレーソースを絡ませながら上品な味でいただく。手づかみだけど。

PLA RAAD PRIG DAENG
揚げた白身魚(何の魚かわからなかった)に、グリーンペパー、エンドウ、ホウレンソウのチリソースのあんを和えたもの。とろみのあるソースとじゅわっとした衣という定番の食感がおいしい。グリーンペパーがアクセントになっている。

PHAD PHAAG
ブロッコリーなどの野菜をオイスターソースで炒めたもの。これがいちばんおいしかった。味に一切の文句はない。あるとすれば、中華料理におけるオイスター炒めと何が違うのかわからないことだけ。

KHOW DAENG LOOG DUEY
料理のラストは、お米。メニューにスチームド・ブラウン・ライスとあるから、蒸したご飯なのだろう。見た目が茶色いけどとくに濃い目の味付けがされているわけでもなく、蒸しているといってももちもちしているわけでもない。正直に書くと、いちばんおいしくなかった。というか合わなかった。味というより食感が合わない。ここまでそれなりに順長に来ていたのに、最後でこれだとリズムが悪い。公判は優勢に進めているのに裁判官の心証が悪いかの如く。

あとはデザートなど。

POLAMAI
デザートにフルーツの盛り合わせ。これはもうふつうにカットされたフルーツそのものなので、さっぱりといただく。

KHOW NIEW MAMUANG
ココナッツごはんマンゴー添えってところか。マンゴーはいい。おいしい。が、ココナッツごはんはいただけない。僕の苦手な食べ物の代表格として「甘いおかず」が挙げられるのだけど、それはごはんに甘いものが組み合わせが苦手だから。だからおはぎも苦手。ごはんもあんこもあるいは餅も好きなのだけど、おはぎはお菓子ではなくごはんという認識なので、甘いものと組み合わせてはいけないのだ(あくまでも僕の中での話です)。よって警戒しつつ少しだけ食べて、案の上の味だったので残した。ごめんなさい。でも無理。ちなみにメニューで見ると、ココナッツごはんとマンゴーはセットらしいけれど、フルーツ盛り合わせと同じ皿でサーブされたので、マンゴーはてっきりフルーツ盛り合わせグループの方の仲間かと思っていました。どちらでもいいけど。

ICE CREAM GATHI
ココナッツのアイスクリーム。こちらはおいしい。デザートだからね。

CAFE
コーヒーを頼んで、コースは終わり。ふう、おなかいっぱい。

なかなかの激戦だったが、予想より善戦したような気もする。9勝3敗くらい。勝ち越し。誰が勝って誰が負けたのかはよく分からないので、追求しないで欲しい。

そんな激戦のさなかにも舞台上では舞踊が同時並行的に続いていて、独特のきらびやかな衣装に身をまとった男女が、何幕かに別れた舞踊を披露していく。幕ごとに構成は異なるが、急転直下な展開はなく、幕間を挟みながらなだらかに続いていくので、食べたり飲んだりしながらゆっくり観るのがちょうどよいと思う。幕の内弁当を食べながら大相撲を観戦するのに似ている。2時間くらいで食事も舞台も終わるので、ある意味とても効率的だ。

[photo] SINGHA

いろいろと満足して船着場で渡し船を待つ間、椅子に腰掛けて対岸や夜空を眺める。とくに何も考えていない。考えているかもしれないけれど、たぶんきっとどうでもよいことで、あとですっかり忘れてしまうことだろう(実際忘れてしまった)。たまにはこういう時間を持つのはいいなと思う。なにもその都度、お金を掛けなくてもいいけれど、うまく切り替えるためにこういう場を利用するのはひとつの手法だ。以後、どこかのシーンでなんらかの広がりに繋がるような気がする。繋がらないかもしれないけれど、繋がるような気がするだけですでになにかが広がっているのだと思う。

部屋にもどって写真の整理をしたり、地図を眺めたり、夕方にナイフで切って冷やしておいたマンゴーを食べたりする。眠る少し前に絵はがきを2通書く。

バンコク紀行 (2)

7時過ぎに起床。雨が心配だったけれど天気は晴れ。チャオプラヤー川沿いのテラスで朝食を摂る。基本的に西洋式でタイとチャイニーズが少し。折角、タイに来たのだから、という気持ちがないでもないけれど、ホテルの洋式朝食が好きなので問題なし。どうせまわりはタイなのだから、放っておいてもタイ色に染まることになるのだ。チャオプラヤー川のように。そうそう、フルーツは南国だけ合って、スイカ、メロン、パイナップル、グレープフルーツといった日本でもよくお目に掛かるものから、マンゴー、パパイヤ、あるいはドラゴンフルーツといった南国系定番まで豊富に揃っていた。見たこともないフルーツもあって食べてみたのだけど結局なんだかよくわからなかった。果物と野菜の中間くらいの甘みで噛み応えのある繊維質が印象的。

部屋に戻り、荷物を整えて出発。折角、川沿いにいるので船で王宮方面に行こうと思う。ホテルを出て右に折れるとすぐに船着き場で、バラックのような、もとは鮮やかだけれど決定的に色褪せた
建物にはいり、船を待つ。水上バスが定期的に巡回していて、普通とか急行とかの種別によるけれど10〜30バーツ程度で気軽に乗ることができる(今日は日曜なので快速だけ)。それ以外にも英語が通じるらしい観光客向けの船も定期的に就航しているのでそちらを使ってもいい。が、折角だからと(そればっかり)水上タクシーをチャーターしてみることにした。船をチャーターなんてなかなかできることではないので、清水の舞台から飛び降りる覚悟で、というのは大げさなのでチャオプラヤー川に飛び込む覚悟で、と書いたけどチャオプラヤー川はいろいろな成分が溶け込んでいそうな土色をしているので、あまり飛び込みたくはない。船着き場でせわしく観光客に応対しているオッチャンと値段を交渉するも言葉が通じないので、別のオッチャンと交渉して、タクシーを呼んでもらう(結局、2,000円もしないのだけど、こちらの物価で考えたら相当高い)。桟橋にでて船を待つ。空は青空で、やや雲も多い。青い空と白い雲と土色の川。それに魚醤の匂いが漂う(まあそれはどこでもだけど。つまりバンコクは排気ガスと魚醤の匂いに満ち満ちている)。視界が開けて、対岸のホテルや遠くの橋や行き交う船が見える。なかなか気持ちがいい。まあ言ってみればどぶ川なんだけど、爽快な気分になる眺めではあります。

[photo] チャオプラヤー川

水上タクシーは、モーター付きの屋根付きの細長い船で、乗ろうと思えばたぶん10人くらいは乗れそう。結構なスピードで飛ばすから、わりと当然のように水がかかるので乗るときは注意した方がいいです。かかる水は何が溶け込んでいるかわからない種類のものだしね。チャオプラヤー川は川幅が広く、流れは穏やか。河原のようなものはなくて川岸ぎりぎりまで建物がひしめき合っている。そんな川を大小さまざまな船が行き交っていて、なかには何を運んでいるのかよくわからない黒い大型の船が何隻も何隻も連結して曳航されていたりもする。そういうワイルドで実利的な面を持ちつつ、快走する水上タクシーから水面を眺めていると、なんとなく敬虔な気持ちにもなったりする。まあ、どぶ川だけど。川を遡ること10分くらいで目的地のワットアルンに到着。

ワットアルンはバンコクの代表的な寺院のひとつで、とうもろこしのような仏塔が特徴的(というかこちらの寺院の共通様式みたい)。ワットは寺院で、アルンは暁を意味している。桟橋に着いたら、そこにいたオバチャンになぜか20バーツくらい請求されたのでワットアルンの拝観料なのかな、と思って払ったけれど、どうやら水上タクシーのチャージだった模様。その先では観光地でよく見かける顔ハメのパネルが置いてあり、西洋人の夫婦が顔ハメして無邪気に写真を撮っていたら、案の定、40バーツを請求されて困惑していた。パネルの下の方にこっそりと「40」って書いてある。ずるいというより逞しいなあ、と感心したりするけど、まあでも気づかないよね、ふつうは。

タイ式仏教にはなじみがないので、こういう建築がどのような歴史的変遷をたどってどのような価値を帯びているのか、ということはわからないのだけど、見ているとどこかしら厳かな気持ちになるのは、さすが宗教施設。僕はあまり宗教というものに熱心な人間ではないのだけれど、ゆったりとした気持ちと心のどこかがざわざわするような気持ちを同時に味わえるその雰囲気はとても好きだったりする。近くに寄ってみると表面にはさまざまな色合いの陶器のかけらのようなものが敷き詰められていて、素朴で可愛らしい。赤とか黄色とか青とか。階段で上まで上がれるので登ってみる。思いがけず階段が急で、後ろに吸い込まれるような気がして手摺りを強く握りしめながら一歩一歩、腰が引ける思いでひいひい言いながら登り詰めると、チャオプラヤー川はもちろん、向こう岸も含めてあたり一帯が見渡せてとても気持ちがよかった。いい場所だなあ。このあとに乗る渡し船が見える。

[photo] ワットアルン

本堂をのぞいてからさっきとは違う船着場に行き、対岸への渡し船に乗る。3.5バーツかそのくらい。左右に行き交う船の合間を縫って5分そこそこでターティアン船着場に到着。あいかわらず魚醤の匂いが漂う薄暗い屋舎を抜け、焼き鳥風の串焼きや干物などの屋台や商店のあるエリアに出る。あいかわらず雲は多いけど、まだ青空が見えている。雨が降らないといいな。王宮にもワットポーにも行ける場所だけど、まずはワットポーに行くことにする(のだけど、後から考えるとこれが運命の分かれ目であった)。ワットポーは横たわる黄金色の巨大な仏さまのいる寺院で、見たことがある人も多いのではないでしょうか。そんなひかり輝く涅槃仏を拝観して、境内を本堂外側に沿ってぐるっと回る。大小のちょっと変わった石像がたくさんあって面白い。ヨガみたいなポーズを取った像とか不思議な動物の像とかいろいろある中で、ゾウの石像がお気に入り。かわいい。ところで、回廊や本堂にもたくさんの仏像が安置されていて、どれもがみんな金色ピカピカでタイの仏さまはリッチだなあ、と思ったのだけど、単に日本とタイにおける金の産出量の違いなのかもね。

[photo] ゾウの像

さてここワットポーにはタイ式マッサージの学校があり、マッサージ体験もできる。昨日、禁断のマッサージの世界に足を踏み入れてしまったので、今日は臆せず立ち向かう。ちなみにタイ式マッサージの総本山であり、変な目に遭うこともないと思うので安心してマッサージを受けたいのならおすすめ。1時間の全身マッサージで360バーツ。全身だからなのかそれともこれが本式だからなのか、昨日よりは痛かったけど、経験したものの強みでもはや大して怖くはない。かかってこい、という気持ちでおばちゃんにぎしぎしとやられる。そして寝落ちする。最後に冷たいお茶をもらってひと段落。すっきり軽い足取りでワットポーをあとにする。さて、14時をまわっていたのでそろそろごはんが食べたい。調べてみると、ひとつ隣のターチャン船着場の近くに屋台が集まったエリアがあるみたいなのでそこに行ってみることにする。王宮の外壁に沿って北上する道すがら、歩道に所狭しと店を広げた露店を見ながら掻き分けながら歩く。と、なんとなく雲行きが怪しくなってきて、気にして見回してみるといくつかの露店が店仕舞いの準備を始めている。いよいよスコールかなあ、と思いながらもまあそれならそれで楽しいかもしれない、と切り替えて、でもここで降られるとやっかいなので屋台村に急ぐ(屋台村という呼称ではないけどまあ屋台村だ)。

10分くらい歩いて屋台村に到着。土産物屋も含めていろいろな店が出ているなか、それなりにお客さんが入っている店を選んで席に着く。チキンのスープヌードルとフライドライスを頼む。あとファンタとスプライト。缶入りなので水の心配もいらない。ふだんはあまり炭酸は飲まないのだけど、暑いせいかタイには炭酸が似合う。それも、ライトとかカロリーオフとかではなくて、スタンダードな無果汁の甘い炭酸飲料。蒸し暑いし、人も多いし、屋外だし、いろいろとどうでもよくなる。暑いのは苦手なんだけど、こういう別になにをするわけでもない条件下でのどうでもいい暑さというのは、何にも考えなくていいので楽しい。

[photo] 屋台

そろそろ王宮にでも行こうかしら。ということで屋台を出て王宮方面に歩き出したところで、ぽつぽつと降ってきた。でもまだ平気。気にせず入り口まで行き、いざ王宮へ、というところで警備員に追い返される。はて? とあたりを見渡すと15時半が入場最終時間との掲示あり。あれれ、意外と早いんだねえ、こんなことならワットポーより先に来ておくべきだったな、となったものの、だらだら適当に巡れたらいいや、というお気軽散歩を指向しているのであまり残念という気も起こらず、さてではどこに行くかね、という感じでガイドブックのページを繰る。そういえばパリもルーヴルに行っていないし、そういう外した感じは性に合っている気もする。定番に行かない代わりに、ほかのなにかを体験できるわけだし。さて検索の結果、ワットサケートのパノラマビューにもちょっと興味があったけど、318段の螺旋階段を登る勇気がなかったので、バックパッカー街であるカオサン通りに行ってみることにした。三輪タクシーのトゥクトゥクに乗り込んでいざカオサンへ。

[photo] トゥクトゥク


マッサージをめぐる冒険

僕はこれまで肩こりとは無縁な生活を送っていることもあって、マッサージというものをほとんど受けたことがない。だから、マッサージというもののありがたみを知らないし、ごく少ないマッサージ経験においてもとくに効果のようなものを感じたこともない。というよりむしろマッサージは恐怖に近い。そもそも誰だかわからない赤の他人に身をまかせ、あるがままなすがままに至るところを好き勝手されるというのは、そうそうある話ではないし、考えただけでも恐ろしい。身の毛もよだつ秋の夜長である。他人の手が僕の足をなめらかに絞り込んでいく。右手と左手を交互にうまく使って、吸いつくようにしなやかに絞り込む。そして黒くて細長い棒を取り出してきて、足の裏をいろいろな角度から突いていく。そしてひと押しする度に僕の顔色を伺う。まるでなにか悪いことでもしたかのように。というようなことがいま目の前で起きていて、それを実況中継で書いています。アイフォーンで。いやあしかし意外とこれ、気持ちいいですね。いたたたた。これはカルチャーショックかもしれない。マッサージがこんなに気持ちがいいのだなんて知らなかったなあ。今更で申し訳ないけれど。こんなに気持ちがいいのならまたやってもいいな。

スアンルム・ナイトバザールにて 23:56(UTC+7)

[photo] ナイトバザール

バンコク紀行 (1)

タイのバンコクに行ってきました。
以下はその時のことを記憶を頼りに再構成したものです。まだ書き上げていないので、途中で文章の流れが変わるかもしれませんし、書き直すかもしれません。
長いので時間があるときにでも読んでください。

6時過ぎに家を出る。6時18分発の電車で横浜まで行き、YCATからリムジンで成田へ向かう。横羽線から湾岸線に入り、あたりが工業地帯から倉庫地帯へと変わったくらいで眠くなってきたのでうとうとと眠ることにする。旅の幕開けの風景としては悪くない。朝早く、車内も大半が眠りについていて静まりかえっている中、無言で高速道路をひた走るバスの走行音だけが聞こえる。賑やかよりはずっといい幕開けだと思う。旅というのはどんなものであっても厳かさを帯びていて、それをゆっくりと確実に受け入れる時間というものが必要だと思う。その儀式がうまく行くか行かないかで、旅の質が大きく変わると言っても言い過ぎではない。目が覚めたら成田のゲート。はじめての第1ターミナル南ウイングで降り、荷物を預けてから軽く朝食を摂って出国審査。連休初日で混むかと思ったらそうでもなく、ずいぶん早く着いてしまったのでゆっくりしてから出発する。NH0953便バンコク行き。

昨夜はあまり寝ていないので寝ようと思っていたのだけど、飛行機に乗るとワクワクしてしまう習癖なのでなかなか眠くならず、機内食を食べたり、アイスクリームを食べたり、コーヒーを飲んだり、あるいはソリティアばかりをしていた。ウィンドウズのソリティアのようにクリアしても飛び跳ねてくれないのでいまひとつ爽快感がない。やはりソリティアについて言えばマイクロソフトに一日の長があるのではないか。というどうでもいいようなことを考えてようやく眠くなってきたと思ったら、もうインドシナ半島。定刻より少し早く、現地時間16時過ぎにバンコク郊外のスワンナプーム国際空港に到着。同時刻帯の東京発の別便があったらしく、荷物受け取りに手間取る事件があったものの無事解決して売店でフルーツジュースを買う。初バーツ。500バーツ紙幣を出して、ねらい通りに20バーツ紙幣を入手(ホントは100バーツ紙幣を使おうと思ったのだけど間違えた)。チップ用に20バーツ紙幣を用意するべし、という先人からの助言に従い、このあともせっせと大きい紙幣を使って20バーツ紙幣の蓄財を進めたので、チップ財政は常に安定していた。ちなみに1バーツは2.7円くらい。タクシーの初乗りは35バーツ。

さて、これから市内に向かうわけなのだけど、バンコク市内へはタクシーかリムジンタクシーかバス、というのが定番らしい。鉄道も建設中らしいが、延期に次ぐ延期でなかなか開通しない(でも高架橋はできているようだったので、まもなく開通するのではないだろうか)。バンコクのタクシーはぼられる、と聞くのでどうしようかと思ったけれど、最初からトラブルになるのも嫌なのでリムジンにする。土曜日だからか高速道路の渋滞はとくになく、スムーズにバンコク市内に入る。アジアの都市には何度が行ったことがあるけれど、肌触りというか皮膚感覚として似たものを感じる。全体として低層で遠くまで見渡せる街並み、そこに真新しい高層ビルが点在している。それと日本車が多い。とりわけトヨタとホンダが目立つ。中国ほどには運転は粗くない。40分くらいで市内を東から南西方向に横切り、ニューロード地区で市街に降りて、チャオプラヤー川沿いのホテルに着く。夏のブリュッセル・パリの時は、ホテルは質素に(つまり安価に)まとめたのだけど、今回は物価が安いことをいいことにちょっと贅沢をする。ペニンシュラにするかで迷った挙げ句に、オリエンタルバンコクを選んだ。今はマンダリングループの傘下に入ってしまったけれど、由緒正しい名門ホテル。いずれにしてもほかの国ではなかなかこのクラスのホテルには泊まれないので、お得だね、ということにしておく。大体の場合、相対的なお得さというのはまやかしなので気をつけましょう。ただ、今回については結論から言ってしまうと、非常に居心地の良いホテルでとても満足。このクラスなのでサービスの質のベースが高いのは当然だけど、そういうことより、接客されていない時の振る舞いだったり、とても落ち着いていて静かなのだけど適度な喧騒があったりと、ゆったりとした流れの中に活き活きとしたものがあって、短期の滞在だったけれど外出して戻ってくるとほっとできて愛着がわいてくるような、そういうホテルでした。また機会があったら泊まりたい。

チェックイン後、折角なのでと貪欲にアフタヌーンティをしに出掛ける。今回の旅はあれも見たいこれも見たい、というのはあまりなくて、いくつか選んでおいたポイントをそれなりにまわれればいいや、という程度の心構えで来ている。コンセプトはバンコクでの散歩。気軽そうなわりにはずいぶんお金が掛かった散歩だけど、まあそれはいい。なんにせよ、歴史あるホテルの歴史ある旧館でアフタヌーンティをする、というのはそれなりに意義のあることだと思うので、そういう心持ちでアールグレイとケーキをいただく。おいしい。タイに来て最初に食べたものが西洋式というのもなかなか倒錯していてよい。

外も暗くなったところで出掛ける。距離感を掴むために徒歩でチャルン・クルン通りを南に向かう。バンコクではメインの通りに対して路地のことを「ソイ」と呼び、そのひとつひとつに番号が振られている。これにより、チャルン・クルン通りのソイ40番、のような感じで場所を示すことができる。京都みたいですね。ただし京都と違って道は入り組み錯綜しているので、地図が読めないひとは迷うことになる。それとバンコクの道はたいてい歩道があるのだけど、舗装のコンクリートブロックの敷設がいい加減なので注意が必要。段差があるくらいならまだしも、ブロックごと抜けていたりするのでとても危ない。実際何度か躓きそうになった。ちょうど夕方であたりは観光地という感じでもない古い街並みで、市場や地元仕様のデパートがあり賑わっている。車も多い(どこに行っても多い)。サパーンタクシン駅まで10分ほど歩いてBTSに乗る。

[photo] チャルン・クルン通り

BTSは慢性的な渋滞を抱えるバンコク市街に切り札として投入された都市交通システムで、中心街を高架で結んでいる。地下鉄のMRTと組み合わせれば主だった場所に渋滞を気にせず向かうことができる。チケットは自動券売機で買うのだけれど硬貨しか使えないので、あまり硬貨を持たない観光客は窓口で両替してもらってから改めて券売機で買うことになる。パリやブリュッセルではむしろ窓口販売が主だったので、その差が面白い。歴史というものはそう簡単には変えられない、ということだろうか。ちなみに後日訪れた国鉄の駅ではすべて窓口販売だった。チケットはテレホンカードのようなサイズで、回収後に再利用される仕組みのようす。車内はよくある新交通システムの車両という感じでとても合理的に作られていて、日本の最近の車両同様、モニタが設置されコマーシャルが流れている。少し違うのは音声付きなところ。しゃべろうとすると、それに負けないように話す必要があるので、結果として車内はずいぶんと騒がしいことになる。サイアム駅で降りるつもりだったのだけど、いつの間にか雨が降り出していて、しかも結構激しい。なので一駅先の終点、ナショナルスタジアム駅まで行くことにした。ここからだと目的地のサイアム・ディスカバリー・センターまで駅直結のようだったから(サイアム駅からのほうが若干近い)。

サイアム・ディスカバリー・センターは、オシャレめのお店がたくさん入ったショッピングセンターで、観光客向けというより地元のちょっとオシャレめの人が利用するのだろう。オシャレめっていう言葉は使っていて居心地が悪いですね。気になるお店が入っていたのでそれを見たり、本屋をのぞいたりする。お香とアロマキャンドルを購入。用事が済み外へ出るとまだ雨が降っていたので、ナショナルスタジアム駅からサイアム経由でスクンビット線に乗り換えて、ラーチャテーウィー駅まで行く。歩いていける距離なんだけど雨なので仕方がない。ちなみに最初に乗ったのはシーロム線。BTSにはこの2路線があって、サイアム駅で対面乗り換えができる(東京の赤坂見附駅と同じ)。駅直結のアジア・ホテル(大きく出た名前だ)に入り、1階のカウンターで予約しておいたチケットを受け取り会場に入る。

お店の名前はカリプソ。バンコクで一度は見ておけ、と言われている(かどうかは知らないけれど)ニューハーフショーである。もうひとつマンボキャバレーという有名店もあるけど、こちらのほうが老舗らしい。いかにもでベタなコースだけど、それがどういうものであれ観光地で定番に触れるというのは、それを体験したという一点において何かしらの意義があるものだと思う。意義ばかりを書き連ねていて見苦しいですね。でもそういう理屈抜きで面白かったです。ショーとして計算しつくされていて、そのパッケージのされ方自体も含めて十分に楽しめる。ニューハーフショーというともの凄くイロモノなイメージを持たれるかもしれませんが、まあ実際イロモノであることは事実ですが、実にあっけらかんとしていてへーと感心して、ゲラゲラと笑えて、ああ面白かったとお店を出られる。そういうお店です。これなら一度は観ておくべき、と書くのも理解できる。少なくともハナシの種にはなります(いましている)。ニューハーフなひともキレイで驚きます。当然、そうじゃないひとも居ますけどね。

[photo] ニューハーフショー

ところで、今回のショーのチケットは事前にネットで予約しておいたのだけど、日本語で予約できるし支払いも日本円でできるしで(もちろん手数料は取られる)、とても楽に取ることができた。航空券やホテルもそれぞれ個別に予約したし、本当に便利になったと思う。ただこうなってくると、今度は現地で予約をする、というのが贅沢で優雅なことになっていくのではないだろうか。ある種の便利さはある種の不便さに負けることがある。ということで、今日のハイライトは終わったのだけど、まだ22時前なのでスアンルンのナイトバザールに行ってみることにする。アフタヌーンティのケーキたちがまだおなかに残っていて空腹には程遠い。

再びBTSに乗り、アソーク駅でMRTに乗り換えてルンピニー駅まで行く。MRTの券売機は紙幣も使えるので、言語メニューを英語に切り替えるボタンさえ見つけられれば、観光客でも気軽に買える。ただしチケットの代わりにコインのようなトークンが出てくるのでそれを知らないと戸惑うかも。トークンを自動改札のリーダー部分にピッとやれば入場できる。ルンピニー駅3番出口を出るとすぐそこがナイトバザールで、屋台風の食事ができたり、さまざまな土産ものを買うことができる。比較的広い道と狭い路地が格子状に構成されていて、そこに小ぶりな店がぎっしりと詰め込まれている。路地部分は屋根付きでそこに人とモノがあふれているのでむんむんとしてじっとりと暑い。ただ観光客向けだけあって、いろいろなものがひしめきあって一度に楽しめるので気軽だし、夜の0時までやっているので、(雨さえ降らなければ)夜空を眺めながら、ぶらぶらするのにちょうどよい場所だと思う。実際結構楽しかった。変なTシャツを買ったりして、いよいよ疲れたなあ、そういえば今朝はまだ日本に居たよなあ、というような感慨に耽りつつ、禁断のフットマッサージに足を踏み入れ、足の疲れとともに誤解も落として身軽になってからホテルに帰ることにする。

大通りまででる元気がなかったので、客待ちしているいかにもなピンク色のタクシーを捕まえて(捕まえられて)、メーターではなく交渉で料金を決めて乗り込む。たぶん相場より高いのだろうけど、もういいや、という感じ。だって仮に20バーツ高くても60円だしねえ。という考えの外国人観光客がタイの経済観念を破壊しているのだというのはわかっているのだけど。ホテルに着くと、きょう2度目のベッドメイクがされていた。あとでわかったのだけど、とくに連絡をしない場合、昼と夜の2回ベッドメイクがあるみたい。バスタブに浸かり、就寝。あすは王宮方面に行ってみるつもり。

機内食

以前にも書いたような気がしますが、機内食が好きです。特定地域にあわせてモディファイされているのに、どう見てもまわりに馴染めない料理が含まれていて、まるで場末の定食屋に入って和定食を頼んだら、付け合わせにパスタサラダが出てきたような、でもそれは奇をてらったわけではなく、当たり前の顔をして出てくる、そういう予定調和的アンバランスさが好き。決して無国籍料理屋に入ったわけではないのだ。それに、極度にユニット化された、あるいはコンポーネント化された構造は、宇宙旅行に出たような、または家畜になったような気分になってそれはそれで楽しい。全然悪くない。
それに窓の外を見れば青空と雲海なわけだから、もうこれはまったく持って悪くない。もう機内食だけを食べに飛行機に乗っても構わない、とは思わないですけど。

ANA NH953機内 14:51(JST)

[photo] 機内食

断片の蓄積における回復と旅について

瓦礫の山を地ならしする重機のように、無慈悲に冷淡にただし熱意を持って村上春樹ばかり読んでいます。あるいは呆れるほどに。

とはいえ小説の類はあらかた読み終わっているので、読むのはたいていの場合、エッセイや紀行などのノンフィクションになってくる。よく絵が浮かぶような文章だ、という褒め言葉があるけれど、そんな変換をしないですっとそのまま入ってくる。小説がどちらかというと身を削って、心を研ぎ澄まして、深く深く潜り込んでいくような精神性を持っているのに対して、エッセイは普段の生活の中で浮かび上がってくるものをできるだけ純粋に取り込んでいくような、敢えて言うならば治癒的な精神性を宿したものだと思ったりする。疲れたときに読むとちょっとだけ元気になる。別に村上春樹である必要はないのだけど、自分にとってのそういう本をいくつか持っておくと少しだけ楽な気持ちで生きていくことができる。ちょっとしたことだけどそういうことは大切だと思う。違うかなあ。

以下、年表記は文庫版の出版年。

やがて哀しき外国語 (講談社文庫) 1997年

アメリカ・プリンストン時代に書かれた滞在記。時系列的には下の「遠い太鼓」のあとになり、ヨーロッパからアメリカへと舞台は変わる(忙しいですね)。単に舞台がアメリカに変わっただけではなく、ヨーロッパでの放浪的な視点から、プリンストンに根を下ろしての生活者としての視点に変化しているのが面白い。と書いたけど読んだ順はこちらが先なので、その感想は嘘です。想像の話。でもどちらの方向で読んでも、この変化は面白いと思いますよ。

遠い太鼓 (講談社文庫) 1993年

1986年から1989年にかけてのローマを中心としたヨーロッパ滞在記。まえがきにおける「常駐的旅行者」としての視点で全篇が書かれ、オフシーズンの静寂と猫と嵐に囲まれたスペッツェス島で、強風のミコノスで、喧騒と怠惰と親切に溢れたローマで、ふたたび訪れたギリシャで、それぞれの出会い、食事、あるいは、ワイン、猫、移動に次ぐ移動、小さな町の小さなホテル、あるいはレストラン、そういうものを時に克明に、時に足早に書き留められている。これらの断片を読み連ねていくことで、連続した紀行ではないのに、濃密な旅をした気持ちになり、そして旅に出たくてむずむずする。そういう気分になれるのってとても楽しいですよね。

もし僕らのことばがウィスキーであったなら (新潮文庫) 2002年

ウィスキーにまつわる2つの話。スコットランドでのシングル・モルト、アイルランドでのアイリッシュ・ウィスキーを巡るそれぞれの紀行(と村上夫人による写真)。ウィスキーを飲まない僕でも、ウィスキーを起点とする人と自然の関係、風土、匂い、想い、そんなものがじわじわと滲み出てきて、重厚な香りと琥珀色の液体が魅力的に思えてくる。短いし、決して派手に面白おかしい文章ではないのだけど、ドライで熱のこもった文章が読めると思います。

シドニー! コアラ純情篇 / ワラビー熱血篇 (文春文庫) 2004年

2000年のシドニーオリンピックに乗り込んでの23日間のオリンピック観戦記。観戦記なんだけど、動物園でコアラに触ったり、レンタカーで1,000kmを走破してみたり(1日で)、パソコンを盗まれてみたり、挙げ句の果てにオリンピックに悪態をついてみたりと、好き勝手やっていて好感が持てます(笑)。そんな好き勝手やっているウラで(オモテで)、リアルタイムで現地で氏が過去最高速度で書き上げた濃密な原稿を読むことで、ある視点におけるオリンピックを眺め、追体験できることがこのエッセイの最大の効用です。23日間分の記録なのに上下巻あるなんてねえ。小説家おそるべし。

秋、ナイロン、植木夏十

ナイロン秋公演のマチネを下北沢で観る。複数の話を入り乱れさせて、尚かつ、それを敢えて巧くひとつに収束させずにゴチャゴチャさせる、という脚本・演出もそうだし、中堅若手主体でドタバタやるというのもナイロンらしくなくて新鮮。面白かった。でもこれをナイロンで観なくてもいいかな、という思いはあるかも。あと例によって、植木夏十レポート。前回よりもさらに良くなっていてすごくいい。安定していてまったく不安がない。とくに人形劇のシーンは相当なものだった。さらにもっと重要な役どころで観てみたい。

ケラさん繋がりでいうと(植木夏十繋がりでもある)、年末の「東京月光魔曲」が楽しみ。岩井秀人も出るし。コクーン、あんまり好きじゃないけど観に行く。

ナイロン100℃「世田谷カフカ」 (本多劇場)
作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演:三宅弘城、村岡希美、植木夏十、長田奈麻、廣川三憲、新谷真弓、安澤千草、藤田秀世、皆戸麻衣、喜安浩平、吉増裕士/杉山薫、眼鏡太郎、廻飛雄、柚木幹斗/猪岐英人、水野顕子、菊地明香、白石遥、野部友視、田村健太郎、斉木茉奈、田仲祐希、伊与顕二、森田完/中村靖目、横町慶子