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断片の蓄積における回復と旅について

瓦礫の山を地ならしする重機のように、無慈悲に冷淡にただし熱意を持って村上春樹ばかり読んでいます。あるいは呆れるほどに。

とはいえ小説の類はあらかた読み終わっているので、読むのはたいていの場合、エッセイや紀行などのノンフィクションになってくる。よく絵が浮かぶような文章だ、という褒め言葉があるけれど、そんな変換をしないですっとそのまま入ってくる。小説がどちらかというと身を削って、心を研ぎ澄まして、深く深く潜り込んでいくような精神性を持っているのに対して、エッセイは普段の生活の中で浮かび上がってくるものをできるだけ純粋に取り込んでいくような、敢えて言うならば治癒的な精神性を宿したものだと思ったりする。疲れたときに読むとちょっとだけ元気になる。別に村上春樹である必要はないのだけど、自分にとってのそういう本をいくつか持っておくと少しだけ楽な気持ちで生きていくことができる。ちょっとしたことだけどそういうことは大切だと思う。違うかなあ。

以下、年表記は文庫版の出版年。

やがて哀しき外国語 (講談社文庫) 1997年

アメリカ・プリンストン時代に書かれた滞在記。時系列的には下の「遠い太鼓」のあとになり、ヨーロッパからアメリカへと舞台は変わる(忙しいですね)。単に舞台がアメリカに変わっただけではなく、ヨーロッパでの放浪的な視点から、プリンストンに根を下ろしての生活者としての視点に変化しているのが面白い。と書いたけど読んだ順はこちらが先なので、その感想は嘘です。想像の話。でもどちらの方向で読んでも、この変化は面白いと思いますよ。

遠い太鼓 (講談社文庫) 1993年

1986年から1989年にかけてのローマを中心としたヨーロッパ滞在記。まえがきにおける「常駐的旅行者」としての視点で全篇が書かれ、オフシーズンの静寂と猫と嵐に囲まれたスペッツェス島で、強風のミコノスで、喧騒と怠惰と親切に溢れたローマで、ふたたび訪れたギリシャで、それぞれの出会い、食事、あるいは、ワイン、猫、移動に次ぐ移動、小さな町の小さなホテル、あるいはレストラン、そういうものを時に克明に、時に足早に書き留められている。これらの断片を読み連ねていくことで、連続した紀行ではないのに、濃密な旅をした気持ちになり、そして旅に出たくてむずむずする。そういう気分になれるのってとても楽しいですよね。

もし僕らのことばがウィスキーであったなら (新潮文庫) 2002年

ウィスキーにまつわる2つの話。スコットランドでのシングル・モルト、アイルランドでのアイリッシュ・ウィスキーを巡るそれぞれの紀行(と村上夫人による写真)。ウィスキーを飲まない僕でも、ウィスキーを起点とする人と自然の関係、風土、匂い、想い、そんなものがじわじわと滲み出てきて、重厚な香りと琥珀色の液体が魅力的に思えてくる。短いし、決して派手に面白おかしい文章ではないのだけど、ドライで熱のこもった文章が読めると思います。

シドニー! コアラ純情篇 / ワラビー熱血篇 (文春文庫) 2004年

2000年のシドニーオリンピックに乗り込んでの23日間のオリンピック観戦記。観戦記なんだけど、動物園でコアラに触ったり、レンタカーで1,000kmを走破してみたり(1日で)、パソコンを盗まれてみたり、挙げ句の果てにオリンピックに悪態をついてみたりと、好き勝手やっていて好感が持てます(笑)。そんな好き勝手やっているウラで(オモテで)、リアルタイムで現地で氏が過去最高速度で書き上げた濃密な原稿を読むことで、ある視点におけるオリンピックを眺め、追体験できることがこのエッセイの最大の効用です。23日間分の記録なのに上下巻あるなんてねえ。小説家おそるべし。

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