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余計なことばかり話してしまうことに関する考察

人は誰でも多かれ少なかれ病気(特異と言い換えてもよい)だと思うのだ。普通とか平均というのは概念であり、実際には、似ているところはあっても、まったく同じ人は居ない。言い換えると、問題のない人は居ない。みんなが抱える病気のなかには、治(直)さなければならないものもあるだろうけれど、大抵のものは、直す必要はない。それは異常ではなく、その人そのものだからだ。それをどう使うか、どう生かすかが大切なのだ。例えば、腕力の強い人が居たとして、それで人を傷つけることもできるし、人を守ることもできる。どちらが良い、という話をしているわけではない。使い方次第、考え方次第、ということだ。どんな経緯があったにせよ、いま抱えてしまっている病気を、どう捉えて、どう付き合っていくのか。なにも難しく考えることはなくて、それを自分の特異点だと認めて、「さてと、よろしくね」とかなんとか云って仲良く(時にはケンカしたり)していくのがいいと思う。特異点はその人にとっての欠点などではなく、紛れもなく長所であり、それを生かす方法を探せばいいのだ。欠点だと認識して悩むより、生かす方法を考えて悩む方がきっといい。少なくともその方が素敵だ。その人が、その人であるのがいちばんいい。

と云うようなことをついまた勢いに乗って書いてしまった僕も病気ですね。余計なアウトプットが多い(肝心なアウトプットは少ない)。アウトプットの精度を高めていきたいなぁ、と思ったりしてます。よろしく、自分。

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