home  

candylogue

memomusic

monologue

旅における街歩きについて

国内であれ海外であれ、はじめて訪れる街の場合、できれば目的地ありきではなく、歩くことそのものを目的として、ふらふらと歩くようにしている。点と点を移動しているだけだと、それらの位置関係や、時として街そのものの姿を見誤ったりすることがある。まるで昔観た映画を改めて見直しているような気分になったりもする(それはそれで悪くはないのだけれど)。そうそう、こういうシーンだったよね、みたいに確認して安心するような感じで。はじめて見たはずなのにね。ガイドブックを外れ、とくに見どころのない場所をただ歩く。そうすることで、自分とは切り離された人たちの生活を感じ、自分の非日常を実感することができる。心細くなったりすることもある。居心地の悪さを感じることもある。稀に思いもよらない体験ができて感激することもあるけれど、たいていは退屈なままに時間が過ぎることになる。なにせガイドブックに載らないような場所なんだから。でも、知らない場所に闖入して、どこにでもありそうだけど実はそこにしかない固有の場所で、ただ歩き疲れてみるというのは、ユニークで私的で固有の体験になる。僕にとってはそれが時間とお金を費やして遠くまで来ることの意味であり価値だと思う。もちろんそれだけじゃないけれど。

クルン・カセム通りからラーマ1世通りへ 10:58(UTC+7)

[photo] ラーマ1世通りからフアラムポーン駅を望む

マッサージをめぐる冒険

僕はこれまで肩こりとは無縁な生活を送っていることもあって、マッサージというものをほとんど受けたことがない。だから、マッサージというもののありがたみを知らないし、ごく少ないマッサージ経験においてもとくに効果のようなものを感じたこともない。というよりむしろマッサージは恐怖に近い。そもそも誰だかわからない赤の他人に身をまかせ、あるがままなすがままに至るところを好き勝手されるというのは、そうそうある話ではないし、考えただけでも恐ろしい。身の毛もよだつ秋の夜長である。他人の手が僕の足をなめらかに絞り込んでいく。右手と左手を交互にうまく使って、吸いつくようにしなやかに絞り込む。そして黒くて細長い棒を取り出してきて、足の裏をいろいろな角度から突いていく。そしてひと押しする度に僕の顔色を伺う。まるでなにか悪いことでもしたかのように。というようなことがいま目の前で起きていて、それを実況中継で書いています。アイフォーンで。いやあしかし意外とこれ、気持ちいいですね。いたたたた。これはカルチャーショックかもしれない。マッサージがこんなに気持ちがいいのだなんて知らなかったなあ。今更で申し訳ないけれど。こんなに気持ちがいいのならまたやってもいいな。

スアンルム・ナイトバザールにて 23:56(UTC+7)

[photo] ナイトバザール

機内食

以前にも書いたような気がしますが、機内食が好きです。特定地域にあわせてモディファイされているのに、どう見てもまわりに馴染めない料理が含まれていて、まるで場末の定食屋に入って和定食を頼んだら、付け合わせにパスタサラダが出てきたような、でもそれは奇をてらったわけではなく、当たり前の顔をして出てくる、そういう予定調和的アンバランスさが好き。決して無国籍料理屋に入ったわけではないのだ。それに、極度にユニット化された、あるいはコンポーネント化された構造は、宇宙旅行に出たような、または家畜になったような気分になってそれはそれで楽しい。全然悪くない。
それに窓の外を見れば青空と雲海なわけだから、もうこれはまったく持って悪くない。もう機内食だけを食べに飛行機に乗っても構わない、とは思わないですけど。

ANA NH953機内 14:51(JST)

[photo] 機内食

冬とラブ

いよいよ東京も寒くなるようで、うきうきとうれしい、冬は寒いに限る、というカウンター的なことを書くのはもうやめにして、この冬をどう過ごすかということに思い巡らせると、まあとくに何がしたい訳でもないのだけど、本を何冊か読んで、何本か映画を観て、好きなことを考える時間があって、あとは味付け的に寒さと暖かさがほどほどにあるとちょうど良い。でもちょうど良いなんて予定調和的な冬である必要もなくて、波瀾万丈な冬であってもいい、と無思考で書いたものの、辛いのはやっぱり嫌なので、コタツにみかんでお正月、みたいなほっとする絵に描いたような冬がいいと思う。コタツもみかんもないけども。そう、あいかわらず芝居もちょっとは観たいのだけど、年内はもうそんなに観る予定はなくて、五反田団とイキウメとケラ地図とデスロックくらい。これが少ないと思えるほど病んでいる訳だけど、自覚しているので見逃していただきたい。あと思い立ったら何か観に行くかも知れない。年明けは工場見学会にも行きたいなあ。というか来年はあるのかしら。それにしても演劇の選択と集中スキルはめきめきと身につけてきた気がするので、来年は少数精鋭で一気呵成に攻めたいと思う。と固く心に誓っているのだけど、何を攻めるのか今ひとつよくわかっていない。そもそも選んでいくと3月までに観たいのが10本くらいあるんだよなあ。これくらいが最低ラインなのかも知れない。これ以上絞るなら、いっそ観ない方が気が楽だったりする。だから来年はもう何も観ない、という手も残されている。少なくともそうすればだいぶお金が浮くことは確実だ。しかし、それが貯蓄に回るかどうかは定かではない。いや、贔屓目にみてかなり疑わしい。ただ、こうも思う。これまでに観劇に使った金額を考えると、いろいろと思うことはあるけれど、最高に面白かったものから、最低につまらなかったものまで、すべてひっくるめて何ひとつ無駄はないし、全体の公演数からすればごくごく僅かな数ながら、それらの芝居を観てきたことに後悔はなくただ楽しく面白い思いしかない。これは芝居に限った話ではなく、音楽だったり、本だったり、あるいは、人との出会いだったり、何処かへの移動の最中に見た風景だったりも本質的には同じで、つまりは面白いと思えることをどれだけ感じられるかってことで、そういう生き方が間違っているとか正しいとかはどうせ結論が出ないことなので放っておいて、ただそういう思考ができるとできないとでは、結構な差があるんじゃないのかなあと思ったりするのである。言うなれば面白感知力、あるいは、面白変換力。そういう積み重ねで今があって、だから過ぎ去ったものすべてにラブ、みたいなことを書いていていよいよ話が見えなくなってきたので、終息点を探る努力を放棄してここで終わります。ご静聴ありがとうございました。

山手線

もっぱら山手線では本を読むことが多い。あるいは外の景色を眺めているか、ぼんやりしているか、音楽を聴いているか、あとはそれ以外のどれか。ところで、どのあたりが山手なのだろう。そう云えば山手の反対は浜手というらしい。下町じゃないのか。

  • 東日本旅客鉄道の路線。
  • 1周34.5km。
  • 駅数29。
  • 周回所要時間約60分。
  • 平均運転間隔は3〜4分程度。
  • 方向呼称は上下ではなく内回り、外回り。
  • 使用車両はE231系500番台。11両固定編成。
  • 山手特別仕様の6M5T。起動加速度は3.0km/h/s。
  • ラインカラーは鶯色。国鉄制定色としては黄緑6号。マンセル値は7.5GY 6.5/7.8。
  • 車両基地は大崎と池袋。
  • 基本的に環状運転だがたまに魔の大崎行き(池袋でも可)が来て人々の気分を荒ませる。
  • 3分待てば次が来るので大らかな気持ちで過ごすとよかろう。

メトロ

地下鉄に乗ることがめっきりと減った。以前は、通学にしても通勤にしても地下鉄を使うことが当たり前だったので、たまに久々に乗ると新鮮で楽しい。閉塞的な空間に反響する音とか人工的な色とか、或いは、あの黴びたような、湿気たような匂いとか。

最近、ある事情により地下鉄に乗る機会が増えた。今日は代々木上原から千代田線で日比谷まで。そして、日比谷線に乗り換えて茅場町まで。乗っている時間は合わせて30分ほど。ちょっと工夫すればずっと座っていられる程度の混雑の中、ガタゴト揺られながら、音と色と匂いを楽しんだりする。

飽きたら地上に出ても面白い。階段を上ると、思いがけないところに出て、あれここ何処だ?とかって、記憶の地図と照合しながら、予想通りなことを喜んだり、全く見当違いで驚いたりして。

今日は築地でづけ丼食べました。って話を書こうとしたらこんな地下鉄コラムみたいなことになってしまった。仕方がないので、そのまま掲載します。築地の話はまた今度。

息を止める ひとかき 水面へ

週が明けてからずっと眠たくて困った。確かに睡眠時間は足りていないのだけど、それにしても徹夜しているわけでもないし。こう云うときに限って、やりたいことややらなければいけないことは山ほどあって、スケジュールを見るだけでげんなりする。きっとひとつひとつは楽しいことなのに、その密度に圧されてしまってさらにぐったり。でも一方で、なるだけ悪い方に考えて、落ち込む量を最小限に抑えつつ、楽しみを増幅させよう、という保護機能が働いていることも認識していて、まあ何もないより何かあった方が面白いことが見つかるよね、と短く考えて思考を転換させるのが良いのだよ、ワトソンくん。おやすみなさい。

あまのじゃく

[photo] nanaconanacoを作ったのにローソンで買い物。

敗北感

買ってきた食パンをすぐに冷凍庫に入れると負けた気がする。